与える者は幸いである

 最近、自分が中小企業診断士の資格を取得するために学習したことを、上司や同僚などに提供することが多い。
 もちろん、中小診断士試験を受験していることを、カミングアウトしていないので、わざわざ「役に立つ情報をありがとうございます」と感謝されることが多い。 
 中には、それだけでなくほかのことも含めて、「いつ寝ているのですか?」と聞かれ、「本当に私たちのためにすみません・・・」と言われることもある。
 ところが自分の中では、そんな大層なことをしているという意識はなく、逆にみんなに感謝しているというのが、本当のところ。
 そして金曜日に飲み会があって、土曜日朝同僚にメールをした。

 おはようございます。昨日は楽しい一時をありがとう。体調は大丈夫ですか?
 私は、皆さんのおかげで充実した毎日を送らせてもらっています。
 まさに、私の好きな言葉「与える者は幸いである」という毎日です。
 今日は、朝から節操のない太りかたを正すべくウォーキング、所用をこなし、夕方は老母を叱ったり愚痴を聞いたり、明日は自分のことでパソコン、勉強したり、映画をみたりと盛りだくさんで過ごすつもりです。
 皆さんも、身体を休めたり、やりたいことをして、充実した週末になることを、心から祈っています。
 皆さんと一緒に仕事ができることをいつも神様に感謝しています。 
 まだ、お休み中の人には朝早くからm(__)m

「あなた方もこのように苦労して、弱い人を助けなければならないことと、また、主イエスズご自身が、『受けるより与えるほうが幸いである』と仰せになったことばとを、心にとどめておくように、私はいつも模範を示してきました」
(中略)
ここに語られていることは、普遍的な真理である。人間が生きるに値するかもしれないと自ら思えるのは、受ける時ではなく与える時である、とういのは心理学の明白な答えである。
曽野綾子著 「心に迫るパウロの言葉(P18)」新潮社刊】

 最近、人は、自分が助けているつもりで、助けられているというのが真実なのだと心からそう思っている。