羽化の瞬間

 土曜日、セミが羽化している瞬間に出くわした。
 日の当たる面とは反対側の木の根元に近い、下草の丈よりちょっと高いくらいの位置で、羽化は始まっていた。
 木の根元には幼虫がはい出てきたであろう穴が1つ開いている。
 木の幹にしっかり立てて幼虫としての体を固定、それから背中を割って白い成虫が顔を出す。
 まずは、後頭部から上体にかけて、体を震わせながら少しずつゆっくりと、空気に触れた体を乾かしながらそれは進む。
 上半身が出ると、乾いて固まってきた足で踏ん張って体全部を抜き出す。
 イナバウアーばりに体をそらせて。
 そして先ほどまで体を包んでいた殻に、爪を立てぶら下がって、翅を伸ばしはじめる。
 羽化したての体は、半透明、白くて羽の縁取りは黄緑色。
 本当に綺麗だ。先に出ていた上半身は、既に茶色がかってきている。誰に教えられたわけでもないのにたいしたものだと感心する。
 後で調べてみるとこのときの成虫は無防備で、スズメバチやアリなどに襲われる個体も多いのだそうだ。
 それから1時間を置きに様子を見にいった。縮んでいた羽が順調に伸びていたように見えた。
 しかし、よく見ると向かって左側の表羽が縮んだまま広がらない。他の3枚は伸びてレースのような模様も見えているのに。
 その後も一向に表羽は開かない。体は乾き茶色に変わっている。
 結局、3枚羽で成虫に。ここに至るまで4年近い歳月を地中で過ごしたわけであるが、最後の最後でこんな落とし穴とは。
 自然の神秘と厳しさの両面を改めて感じる出来事だった。