土地は公共物

 4月5日木曜日の朝日新聞朝刊に、「マイホームの値段公表・・・賛成?反対?」と題した記事が掲載されていた。
 国交省が、マイホームの値段を公表するために、「マイホームの値段を教えてください」と、土地や建売住宅、中古マンションを購入した人にアンケートを送り、昨年4月には、その結果の一部を公表するウェブサイト「土地総合情報システム」を開設したという内容の記事だった。
 どうしてそんなことをするのかということを、ホームページ「土地情報総合ライブラリー」の内容から紹介すると、「市場の透明化、取引の円滑化・活性化等を図るために、不動産の取引当事者の協力により取引価格等の調査を行い、公示価格判定の際の貴重な資料とするとともに、物件が特定できないよう配慮して平成18年4月より年4回インターネット〔土地総合情報システム〕を通じて無償で提供を行っているものです」という。
 朝日新聞の記事には、「住宅バブル防止に効果」と書かれていた。
 さらに、記事には「海外では不動産の登記時に取得価格を届け出ることが事実上義務付けられ、インターネットでも原則として全て公表するのが一般的だ」と紹介されていた。
 その記事の中で、unizouが引っかかった言葉が、「土地は公共物と考える欧米では開示が一般的」といった部分である。
 かねてから、都市部の農地のあり方や中小市街地活性化のための土地利用のあり方に関心があり、「土地は天からの預かり物」というように考えているunizouには、「土地は公共物」という考えが、非常に共感できるものだったからだ。
 そこで、興味が湧いたので、インターネットで「土地は公共物」、「土地は公共財」と検索したところ、「早稲田大学研究者紹介WEBマガジン【http://www.waseda.jp/rps/webzine/back_number/vol027/vol027.html】」の早稲田大学大学院法務研究科助教授の秋山 靖浩(Yasuhiro Akiyama)助教授のインタビュー記事にヒットした。
 そのインタビュー記事には、環境問題に興味があった秋山助教授が、「学生時代に『土地法』の授業で『都市の中の農地の役割』という課題でレポートを書くことになり、これをきっかけに、土地問題や都市問題への興味がぐんと湧いて、民法の立場から土地法・都市法をどう捉えるか、その理論的な基盤をしっかり固めることを目指している」といった次のような内容であった。

 法制度の中でどう都市の農地が位置づけられているのか、税制はどうかといったことを調べたり、さらに実社会での農地の役割や実態も見て、法制度と実際の運用とのギャップや問題点を検討せよということで、自宅近辺の農地に行って写真を撮ったり、実際に耕している方に話を聞いた。
 そして、都市の農地が、長期間、農地利用することを予定して指定を受けるならば税金が安くなるが、実際のところは皆さん高齢で、「あと何年できるか、先のことは分からない」「後を継いでくれる者もいないし、そのうち土地も手放すかもしれない」といった現場の声を聞いた。
 これをきっかけに、土地問題や都市問題への興味がぐんと湧いて、民法の立場から土地法・都市法をどう捉えるか、その理論的な基盤をしっかり固めることを目指している
 ドイツでは、土地あるいは都市というのは、個人が好き勝手にできるものではなくて、公共の財であるという考え方が貫かれている。法制度の整備と運用もそういう発想で行われ、公共的な財であるからこそ、行政が責任をもって、都市計画とそれにもとづく規制によって、土地の所有と利用をきちんとコントロールする。
 だから、行政法の果たす役割が重要なのであって、民法がまちづくりの問題の解決に出ていくという発想は希薄なのです。そこは、日本とかなり違う。

 日本のいたるところで、自由という名のエゴが幅を利かせて、自己の利益のみを追求する社会になってしまっている。
 土地問題は、そういった面を含めた日本のあらゆる問題の出発点であり、あらゆる問題を解決するための終着点でもあるように思う。つまり、土地利用の問題を解決すれば、日本人は経済的にも精神的にも豊かな生活が送れるといった大事な問題なのだと思う。
 診断士に限った分野で言えば、中心市街地の活性化に関する問題点である。
 中心市街地活性化の中の課題でも、個々人では痛みを分担しない人が、商売が繁盛しない理由を大規模店舗や政府の経済政策のせいにし、行政に注文ばかりしているといったことである。
 一度、秋山助教授の土地法の講義を聞いてみたい。
 そして、それを糧にして、診断士として多くの人の利益になるような街づくりができるようになりたいものだ。