こんな上司が部下を追いつめる

 「来たり来なかったりされるのが、一番困るんだよねえ」
 年末に古本屋で購入した3冊のうちの1冊「こんな上司が部下を追いつめるー産業医のファイルからー【著者荒井千暁 文芸春秋刊】にそのシーンがある。
 産業医である著者が、心の病になって療養中の若者とリハビリ出勤の打合せをしているときに、就労の事務処理を担当している職員が若者に告げた言葉である。
 その職員は、心の病で療養になる例がポツリポツリ出てくるようになってから、「余分な仕事が増えた」とこぼしていたという。
 著者は、廊下に出た職員を呼び止めて、次のように叱った。
 「さっき困るといったが、困るって一体、誰が困るんだ?事務処理するのはあなたの仕事だろう。あの子は何も好き好んで休んでいたわけじゃない。しかもこれからどう復帰しようかって大事な話をしているときだ。いい大人が、いっていいことと、悪いことの区別もできないのか。すくなくとも、感情でモノをいうのはやめてくれないか」
 実は課内にも、1昨年から昨年の春先くらいまで、軽うつ症で会社を休みがちだったK君がいる。
 昨年の春以降、何か精神的に辛そうだったり、体調が不安定だったりした様子があったときは、できる限り早く、1対1で話を聞いてあげるようにして、何とか通常に働けるようになってきた。それでも、まだ、他の社員からするとどことなくぎこちなさが残っているようで、腫れ物をさわるような接し方をしている。
 ベテラン社員の態度を見ると、最初の言葉、「来たり来なかったりされるのが、一番困るんだよねえ」といった感じである。
 この本には、「上司や同僚が、心の病を持った社員とどう接するべきか」が書いてあるのだが、K君と接して思うところと一致しているところが多い。
 部下をつぶす上司とは、「部下を育てる視線を持ち合わせていない上司」や「部下に愛を注げない上司」などをあげ、チームで仕事をしているという認識が希薄であり、職制は上から下への一方的な指示命令システムだと思い込んで、自分本位で現在のポジションは自分の能力だけで手に入れたと信じて疑わないタイプであるという。
 だから、部下に対する接し方は、無責任で冷淡である。
 しかし、これは、上司だけの話ではなく。先輩や同僚も一緒だと思う。
 また、「部下の気持を想像し、忖度することができない『目線が落とせない上司』」や「窮地に追い込まれている部下をサポートしない上司」、「『ある仕事が完了すると、次に別の仕事が与えられます。でも、それについてのコメントがありません。自分がした仕事が役に立っているのか、何のために仕事をしているのか、疑問に思うことがあります』と若手社員から言われる『目的や構想を語らない上司』」などといった例もあるそうである。
 そして、新入社員の「孤立状態」は、直属上司、つまり監督者の下(あるいは、そのまた下)にいる人物との摩擦により発生している例が圧倒的だそうである。
 サークルの乗りが消えずに周囲が迷惑している、職場の仲間というよりは仲良しクラブのメンバーといった感じで、同僚や仲間と接し、社会人としての自覚に乏しく、仕事が軸になりきっていない。仕事を円滑にするコミュニケーションでなく、たんにワイワイやっているだけ。そのような人に振り回されて、若手社員が精神的に追い込まれていくという。
 しかし、著者は「職場におけるコミュニケーションの破綻が部下の側に責任がないということではない」ともいっている。
 「対話能力が希薄」、「結論を簡潔にいえない」、「『教えてください』といわない」といった部下の側の問題もあるそうである。
 著者は、それでも上司がその点を踏まえて対処していくようにいっている。
 本の帯には、「逼迫した職場は、心の病が発生する温床になる。危ういバランスにあるところに『孤立』や『いじめ』や『無理解』が生ずれば、職場環境は一気に悪化する。ここで問われるのが上司である。」と書かれている。
 K君を追いつめているのは何なのか。それを除去して、居心地のいい職場環境を一刻も早く作るのが役目だと思っている。
 せっかく、縁あって一緒に仕事をすることになったのだから、記憶に残る1年になるようにしたいと思っている。