若い社員Ⅲ 福島孝徳意思の人材育成

 昨日、昨年1年うつになり、仕事を休みがちだったK君の産業医との面接に同行した。カウンセリングを受けている様子を一緒に聴き、職場での様子も時折unizouが答えた。
 K君は、入社3年目になる。1年目の半年くらいまで快調に仕事をしていたが、1年目の後半から調子を崩し、2年目に休みがちになったと言うことだった。
 今年、unizouの部下になり、最近は、ずいぶん良くなって、何の問題もなく仕事をこなしている。
 産業医の先生が、「どうして、よくなったと思う?」と聞くと、「K君は、今までは、周囲の人間のことが気になったり、こうしなきゃいけないと思っていたりしたことが、どうでもよくなりました。」という。
「誰か、自分のことを話す人がいる?」と、さらに聞かれて
「課長(unizouのこと)がいます。」と・・・。
「ほかには?」
「いません。」
「どうして、こうしなきゃいけないと思っていたの?」
「入社の頃に、『仕事はこういうものだ。』とか、『飲みに付き合わなきゃだめだ。』とか、そういう風に言われてがんばりすぎたように思います。」
 K君の仕事ぶりを見ていると、几帳面で手を抜かずに仕事をやるタイプ。書類もしっかり作成している。unizouの若い頃に比べると、立派過ぎるくらい。(unizouは、入社当時、いつやめさせられてもいいくらいいい加減だった・・・?)
 2005-09-20「ナレッジマネージメント、『与えることは幸いである。』」で、アメリカの医療関係者から「神の手を持つ男」と称されている福島医師のことを取り上げた。(http://d.hatena.ne.jp/unizou1972/20050920
 一昨日(10月10日(火)よる21:00〜22:48)も、TBSのこれが世界のスーパードクター5!テレビ初潜入!天才名医の仰天テクニック完全公開!で先生のことが放送されていた。
 unizouは、先生の技術のすごさにも感動しているが、自分の命を惜しむことなく患者のために遣い、そして、自分の技を全世界の若いドクターに教えようとしていることに物凄く感銘を受けている。
 先生は患者の喜ぶ顔が一番うれしく、一人でも多くの患者を救うためには、自分ひとりだけでは限界があると感じ、年間数百回の手術の合間を縫って若いドクターに教えている姿に感銘しているのである。
 まさに、「神の手を持つ男」でなく、「神が乗り移った男」のようである。
 私たちは、どうしても自分ことしか見えなくなってしまうことが多い。
 もっと、目的を大事にすれば、手段に縛られることなく、また、私生活のことまでとやかく言う余裕もなく、仕事そのものに専念できる。
 K君が入社した頃に感じていたのは、そんな気持だったのではないかと思う。
 仕事をしに会社に来ているのに、「教えてやるのだから、こうしなきゃだめ!」とか、「酒を飲んで付き合わなければ、教えない!」とか、そんな風になってしまうのだと思う。
 福島医師のような立派な技術はないが、せめて、出し惜しみすることなく伝えて生きたいものだ。
 所詮、先に退職するのだから、技術を伝承していい人材を育成したほうが、消費者、取引先、会社にとってはいいことだろうから・・・。
 それにしても、K君のようにならなかった若い社員が、職場に慣れてしまっていることの方が、unizouには怖いことだと思っているのだが・・・?