話しかけるなオーラ・・・人材育成
課内の中堅社員たちの態度にどうしても我慢ができなくて、先日、意見・要望を聞きたいと言いながら、かなり物を言ってしまった。
「自分の仕事さえ終えれば・・・、後は知らない。」と言った雰囲気がいつも見え見えで、他の社員が忙しそうでも関係ない振りをしていたり、あるいは、窓口での客対応にたまに自分が回らざるを得ないと露骨に嫌な顔をしたりしていた。
また、若手社員に対する姿勢は、それぞれ一人ひとりが牙城を築いていて、人を寄せ付けない雰囲気だった。
それが、中堅社員なのだから、困ったものだと常々感じていた。
「本来、若い社員のお手本になるべき人材なのに・・・?」と。
それで、どうにも我慢がならなくて、意見・要望を聞くと言いながら物を言ってしまったのである。
ところが、それから、ずいぶんと雰囲気が変わったような気がする。
やっぱり、口に出して言うことが、大切なのだとしみじみと感じている。
もちろん、自分なりには、気を使って話したつもりだが、夏目漱石の坊ちゃんの主人公よろしく「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。」といったところがunizouにはあるので、自分が仕掛けたことなのに実際はどうなるかと思っていた。
そんなことを経験した後で、一昨日、資格の学校で出しているPASS・TOOL(vol.6)の「コンサルティングの現場から」と題した連載を読んだ。
これは、プロコンサルタントとして活躍されている中小企業診断士の現場の様子を書いたもの。
内容は、我が社内で見ていた光景とぴったり一致していた。
「自分自身を振り返る」
「自職場のコミュニケーションに不安はないか」と問われて、「問題なし」と即断する経営者や管理者、先輩・上司は多い。「話しやすさ」「聴く風土」を考えてみたい。
先輩・上司の中には、自分が話し好きのため相手の倍も話していることに気付いている人が多い。あるいは、気難しいところがある先輩・上司なら、「部下や周囲に対して“話しかけるなオーラ”を発信しているので注意したい」「自分からもっと雑談でもかまわないから話し、雰囲気を良くしたい」と反省する人もいる。自分が多く話さないこと、逆に多く話すことが話しやすさの基礎だろうか。「話しやすい職場かどうか」を決めているのは相手である。自分では、「ウチの職場は話しやすい雰囲気」と思っていても、それは自分が話す側になっており、独演会的に話しているからである。では、相手はどんなときに話しやすさを読んでいるのだろうか。例えば、あなたの忙しい時に話しかけられたとしよう。どのように対応しているか思い出してみるとよい。忙しい時は、“話しかけるなオーラ”を発信しているかもしれない。相手は、そんなシーンから「話しやすさ」をよんでいるものだ。
いつか、この内容を課内の打合せの話題にしようと思う。
と言いつつ、わが身も検分しなければ・・・。
「話しかけるなオーラ」など、もってのほか。自分だけでできることなんて、大してないのだから・・・。
それに、若手社員を育てなければ、いつまでたっても楽ができないもの・・・?