心の声を聞けⅡ

 先日、部下の身上等を一人ひとり把握した。
 大体10分から15分くらいかけて話を聞いた。
 仕事のことだけでなく、それぞれの家族のことなどプライベートのことも聞いた。
 「会社のことだから、家族のことなどプライベートのことは必要ない。」という意見もあるかもしれないが、やはり、人間は育った環境や今の生活状況などがベースになって生きていて、そういったことが会社での仕事に影響しないなんてことはあまりないように思う。
 何かあれば、例えば、家族に受験期の子供がいるとか、介護を必要とする両親がいるとか、乳幼児がいて夜鳴きがひどいとかいったことは、何らかの影響が必ず仕事に出てくる。それが、自然なことである。そして、だから、だめだということではない。そういうことをすべてひっくるめて、その人間が会社で働いているのである。
 ずいぶん前になるが、曽野綾子さんが産経新聞に寄稿されていた記事をいつも思い出して頷き、そのことを十分踏まえて会社では社員に接するようにしている。

 しかし毎日のように、帰りが夜の十一時、十二時になる会社に運悪く勤めてしまった人はほんとうに気の毒である。そんなふうに人を使っていられると思う経営者は全く人間を理解していないので、そんな会社の将来もそれほど期待できないだろう、と私は考えてしまう。はっきり言うと、私だったら、いかにその会社が一流という評判があっても、そういう非人間的な生活を強いる会社はすぐやめるだろう、と思うのである。
 なぜなら、人間の一生というものは、実に雑多で複雑なものであるからだ。人間は幾つもの顔を持って当然である。雄や雌の顔もある。少年のように夢に浸りたい瞬間もあれば、百円に拘泥する場合もある。そして多くの男は、息子で夫で父で祖父なのである。 
 それらのいろいろな姿のために、応分に時間を割いて当然なのだ。それを会社が、その人が目覚めている時間のほとんど総てを一人占めにしようというのは、とんでもない越権だ。そういう会社にはふくよかな人材は決して育たない。ふくよかでない人は、創造的でもなければ、本当の意味でやる気もないし誠実でもないから、その会社はろくでもない社員を持って将来性などないのである。
 そういう意味で未来のない会社と一蓮托生しても、決しておもしろいことにはならない。だから早いこと、転職して決着をつけた方がいい、というのが私の判断である。
産経新聞 1996年11月12日付【自分の顔相手の顔】曽野綾子(1)父親の存在 未来のない会社ならば…抜粋)

 生まれてこの方、未だに自分自身のことも実際はよくわかっていないのに、会社に来ているときの社員の顔だけで判断できるほど単純ではない。それぞれに多くの事情がある。
 だから、一緒にいるだけですべてがわかったつもりになってはいけないと肝に銘じている。
 中小企業診断士の仕事でも、社長の顔、社員の顔や現われている事象だけで判断せずに、いかに“心の声”を聞くことが大事なことかと思う。
 今、二次試験の事例を解いているが、現実はその事例のような単純なものではなくて、問題はもっと深いところにあるケースが多いと思う。
 人の上に立ったり、コンサルティングをする診断士のような仕事に就いたりして問題を解決する場合は、外観だけでなく本質を手繰り寄せることが大事で、そのためには、それぞれの“心の声”をいかに聞けるかが非常に大事なことだと思っている。
 今回の身上把握も、ほんの少し部下の姿を垣間見ただけだと思い、これからもそれぞれに興味を持って接していこうと思う。