駅まで十分

 これもunizouが学生の頃の話。「不当景品類及び不当表示法」を勉強して思い出した。
 マイホームを真剣に探していたある夫婦が、1枚の不動産屋のチラシに飛びついた。
 それは、「駅まで十分」と書かれた格安物件、場所といい値段といい、その夫婦には、申し分のない物件であった。
 早速、現地説明会に参加を申しこみ、週末、期待に胸を膨らませて、出かけた。
 最寄駅で不動産屋の係員と落ち合い、いざ現地へ!と思いきや、係員からは、用意した車に乗るよう案内された。
 10分だから、歩いてもいいかと思っていたこの夫婦、しかし、せっかくの好意を無にするのもなんなので、係員に案内されるがまま車に乗りこんだ。
 出発進行!
 しかし、行けども行けども物件地へたどりつかない。そのうち、車窓からの景色も住宅地から緑あふれる郊外へと変わって行った。
 どのくらい車に乗っただろうか。「着きました!」と車が停まったその場所は、町の外れの外れ、そこには、チラシに掲載されていた新築の一戸建てがポツンと建っていた。
 訳が分からないこの夫婦。チラシを指差し、声を荒げ、「一体どういうことなんだ。」と係員を問い詰めた。 
 係員は、飄々としてこう答えた。
 「何か勘違いされていませんか?このチラシは、間違っておりせん。だって駅からじゅうぶんありましたでしょ?」
 そう、「駅まで十分」とは、「10分」ではなく、「じゅうぶん」だったのだ。
 夫婦は、肩を落として、帰路についたと言う。
 経営法務で、「不当景品類及び不当表示防止法」を学習した。
 このチラシは、明らかに、消費者に誤認されることによって、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる不当表示と言えよう。
 いわゆる「おとり広告」というやつだ。
 この不動産業者が、常習的にこのようなチラシを発行していたかどうかは、定かではないが、当時、この法律は施行されていたわけで、当然、違反行為に該当する。
 それより何より、マイホーム購入という庶民のささやかな夢を、人をおちょくるかのようなこういうやり方で壊すのは卑劣だ。胸躍らせていたこの夫婦の落胆ぶりはいかばかりだったろうと思う。
 もう随分前の話であるゆえ、この業者が、心得を入れ替え、庶民の夢を応援するような不動産屋に変わっていることを望む。