高速道・新幹線整備とまちづくり

 昨日の新聞に、高速道整備についての記事が掲載されていた。
 高速道路整備を決める国土開発幹線自動車建設会議が開かれ、1999年に定めた整備計画(9342km)のうち、未開通の19路線49区間(計1276km)の事業主を決めたという内容である。
 この決定については、「道路公団改革骨抜き」という意見が圧倒的に多いようであるが、そういった話ではなく、unizouとしては根本的な問題に言及したい。
 それは、地方自治体が国土交通省に相変わらず「高速道整備」を陳情しているという事実である。
 似たような問題に、新幹線整備がある。
 陳情する自治体の目的は、地方都市の活性化という視点なのだろうか。
 一体、都市に近づくことで何を実際は得られるのだろうか?
 unizouは、仕事の関係で長野支店に2年間新幹線通勤した経験がある。
 unizouにとっては、毎月の出費は痛かったものの、家から通えるという精神的な部分で恩恵を蒙った。
 だから、新幹線があるほうがありがたい。
 しかし、地元の人達の反応はどうかというと、確かに長野オリンピックの前と期間中は、たくさんの観光客が来てくれたということであるが、終わってしまえば、今まで1泊して観光したりビジネスできたりするところを、日帰りで帰ってしまう観光客やビジネスマンが多くなったという。 
 そして、どの旅館やホテルも苦しい状況に陥っているという。
 若者の就職先も、買い物先も、県内から都内へと移っているという事実もあるようだ。
 では、陳情して作った高速道路や新幹線の整備で、地元は何を得たのだろう。
 きっと、便利になれば、観光客も人の流れも長野へ向かうと思っていたのだろう。
 でも実際は、長野から他県や都市へ流れるお客が増えたのである。
 昔の幹線道路沿いの商店も、高速道路を使う観光客などから見放されてしまった。
 unizouは、高速道路整備や新幹線整備がいけないということを言っているのではない。
 高速道路や新幹線整備が、万能の薬でなく、地域経済の活性化や地方都市の活性化にはつながらないという事実を知っていて欲しいと思っている。
 最近のunizouのブログで「所得格差」を話題にしているが、「地域格差」についても、マスコミは一緒に話題にすることが多い。
 地域格差をなくすという意味で言えば、生活のレベルの格差をなくすのはいいことだが、同じように便利にすることがいいという幻想に惑わされないで欲しいと思う。
 高速道路建設についての地元の素朴な願いと、高速道路整備によって得られる一時的に得られるお金を目当てに蠢く欲望が、本質を見誤らせているという気がしてならないのはunizouだけだろうか。
 高齢者が多くなって、社会保障の負担が大変だという地方都市の問題は、都会志向の人間心理とどこの町でも同じにしてしまう街づくりのあり方に問題があるのではないのか。
 どこに行っても魅力のない同じような街づくりよりも、思いっきり不便でも、そこにしかない街づくりのほうが、地元への愛着を若者に植え付け地元への回帰志向を生み出し、そして、観光や産業を生むのではないかという気がする。
 便利さを追求して、結局、地域が不活性化していくことがないよう、もっと、足もとを見つめていくほうが大事だと思うのだが・・・・。