ジニ係数と所得格差、そしてミリオネーゼ

 最近、マスコミで「所得格差」という言葉が頻繁に出てくるようになった。
 「所得格差」は、ジニ係数等指標で測るのだそうだが、丁度、中小企業診断士講座「中小企業経営」でも学んだところだった。 

 主に社会における所得分配の不平等さを測る指標。ローレンツ曲線を描くことで求められる。イタリアの統計学者コッラド・ジニによって考案された。所得分配の不平等さ以外にも富の偏在性やエネルギー消費における不平等さなどに応用される。
出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』

 unizouは、「小泉首相のやり方がそういった『所得格差』を生んだ」という主張に非常に疑問を感じている。
 小泉首相がやっていることは、既得権益の破壊であるが、手ぬるいという人もいる。確かにそうかもしれない。しかし、今まで誰も手をつけなかったのも事実であり、それを国民も許容していたのである。それを考えれば、大きな前進である。
 また、「規制緩和が進みすぎ」て、市場原理主義になりすぎるという人もいる。
 でも、本当にそうだろうか、チャンスは誰にもある。
 貧しい人は、時間を使うしかない。大金持ちは、時間を買っている。
 本当の裕福さが、どちらなのかはわからない。
unizouの望むこと。

  1. 公務員の天下りの禁止。最近、世間を賑わしている防衛施設庁の談合問題も、天下りに絡んでいるという。これも、既得権益を守ろうとする公務員の問題。努力をしないで、収入を得る仕組みをつくるなんて論外。その子達も十分な教育を受けられだけの富裕層になっている。
  2. 不要な土地をたくさん持っている土地持ちへの課税強化。相続税が三代で祖先からの資産を食い潰すといいながら、固定化した富裕層を形成して、同じように、その子、孫もその恩恵を預かっている。

 今、そういった既得権益を持っている人達がうめき声を上げている気がする。
 真実の声は、そのうめき声にかき消されしまって、危うくだまされそうになる。
 ソフィアの森の映画と音楽というブログを読んでいたら、「国家の品格」(藤原正彦著・新潮社刊)という本について、次のように書いていた。

 金銭至上主義にまみれた日本を再生するにはどうしたらよいのか?日本には諸外国にはない「文化」や「心」があったのに、近年それが失われていくことへの危機感。真のグローバル化を目指すならば、日本という国を品格ある国家に変えていかなければならない。そのためには・・・ということが「国家の品格」には詳細に書かれています。
藤原氏は、日本の再生に必要なのは「武士道精神の復活」以外にありえない。と論じています。

 え、ほんと?世の中、確かに金銭至上主義の輩もいるだろう。でも、それは、今に始まったことではない。江戸時代にだって、賄賂がまかり通っていた時代があったじゃないか。
 古今東西、人間の欲望は果てしない。だから、小泉首相のせいでもなかろう。
 unizouは、「貧乏人の品格」を提唱したい。お金がなくても金持ちも貧乏人も同じだけ時間はある。それを、有効に使おうじゃありませんか。イチローや松井が金持ちでも、誰も僻まず、尊敬する。努力している人なら、誰も文句を言わないだろう。でも、金持ちでも、錬金術師のようにカネに卑しい人に対しては、妬み、僻み、そして尊敬もしない。それで良いではないか。貧乏人の尊厳を持って接すればいい。
 そして、いつも言っているが、世の中にチャンスは誰にでもあって、競争が公平に行われれればいい。勝ってもおごらず、負けても、人間をやめさせられるわけでもないので、尊厳を持って生きればいい。
 日曜日の夜の番組で、「ミリオネーゼ」について特集していた。
 彼女たちも、どん底を味わって、いまの収入と地位がある。そして、しれは、これからも安泰かというとそうでない。今の収入を得るために、並々ならぬ努力をしなければならない。やめたければやめられるし、続けたければ続けられる。自分の意思しだいである。
 決して、「所得格差」論議の本質を誤らずに、今の小泉首相の改革が後退することなく、着実に前進していくことを望んでいる。