甘栗工場=ホーソン工場!?

 第3回目の講義から「経営組織論」を学んでいる。
 組織理論の変遷の中に「人間関係論」があるが、それまでの科学的管理法では、ヒトは経済的なものによって動機づけられるとし、人間を機械視していたが、人間関係論では、労働者の人間性に着目し、ヒトは金銭的な刺激だけでなく、感情や態度、職場内のインフォーマルな関係にも影響も受けるとし、組織への帰属意識や良好な人間関係を構築すれば、仕事に対する意欲が高まると論じられている。
 「人間関係論は」は、ホーソン工場での実験で裏付けられた理論であるが、学生の頃アルバイトをした「甘栗工場」がまさに私にとっての「ホーソン工場」である。
 1927〜32年にかけて、アメリカのウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場において作業環境と生産能率を結びつける実験が行われた。
 当初は、最適な照明設備があれば疲労も少なく作業能率は高くなると思われていたが、照明度は作業能率に影響しないことが判明した。更に、休憩の取り方や作業時間の長さなどはそれを改善しようが悪化させようが、生産能率は上昇し続けた。作業環境が悪化すれば、当然生産能率は低下するという当初の予想と違う結果が得られてしまったのである。
 なぜか?
 その要因は、作業を変える際に、作業者の意見を聞いたことや同意を得たことが要因ではないかと推察された。つまり、作業者は、作業環境ではなく自分の意見が取り入れられたという心理的要素によって動機づけられたのだと。また、配線作業実験では、公式な集団の規律だけでなく、非公式な組織(インフォーマルグループ)で自然的に発生する規律に生産能率が左右されることも明らかにされた。生産性に影響を与える要因は、労働条件や作業環境ではなく、作業集団内部における人間の相互関係であることがこの実験から導かれた結論なのだ。
 で、「甘栗工場」の話。
 この甘栗工場は、1月、5月、9月の年3回、両国国技館で大相撲が開かれている間、桝席用の土産袋に入れる甘栗を納入している業者であった。場所中の2週間は、通常業務に加えて、毎朝10時までに200g入りの巾着袋2,000個分の甘栗を国技館へ納品する。夜中から甘栗を炒り始めるため、この巾着袋の袋詰作業のために、アルバイトが到着する朝6時ちょい前頃は、工場内は甘く香ばしいにおいに包まれている。
 私もこのアルバイトのひとり。場所中のアルバイトは総勢10名、朝6時から10時のまでの4時間勤務、その顔ぶれは、学生、OL、主婦、中には親子や姉妹もあり、様々で、大抵年間を通じ、固定メンバーだった。
 作業それ自体は、①職人さんが甘栗を機械で巾着袋に詰める、②次々と流れてくる巾着袋を受取っては、巾着を正面にして首を閉じ、蝶々結びにするという至って単純なもの。単純ゆえに初日30分で作業自体に飽きてくる。しかし、ラジオのパーソナリティ並におしゃべり上手なおば様の軽快なトークだったり、いかにきれいに早く蝶々結びをするコツを考えることだったり、人間は退屈な作業をいかに楽しくするか、いかに早く終えるかを考え出すものなのだ。毎日1,000個を何分で終えるか計測し、記録を更新しては皆で喜んだ(短縮された作業時間はすべて休憩に当てられるのだから)。職人さんたちも、自分たちのやり方を押しつけるのではなく、アルバイトがやりやすい方法で構わないという方針だったので、いい雰囲気の中で仕事ができた。さすがに相撲も中日(なかび)をすぎると、眠気と戦う日も増えるのだが…。
 そんなある場所、アルバイトに新メンバーが加わった。後で分かったことだが、この人は、休み・早退で不在となったアルバイトの悪口を言う人だった。当然いないときだから言われていることに気づけないのだが、誰かれ構わず言うらしい。幸い、悪口を聞かされたメンバーがそれに迎合することなく、一蹴していたのでトラブルにはならなかったもののあまり良い雰囲気ではなかった。結局、新メンバーが自ら中日前に辞めた。その後、アルバイトの補充がなかったため、10人分の仕事を9人でこなさなければならなかったが、不思議と作業時間は大して変わらず済んだのだった。まさに職場での人間関係において満足が得られるとき、労働者のモラールが高まり、高い生産性を実現できたと言える甘栗工場での経験だった。
 蛇足だが、東京での場所中に友人に招かれて桝席で相撲観戦をしたことがある。ふと土産袋に目をやると、「あった、あった!」今朝、蝶々結びした甘栗が「チン」としっかり収まっているではないか!にやりと笑いながらまた視線を土俵に戻す、若貴がまだ若かりし頃。